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関西建設アスベスト訴訟/国と企業は責任をとれ
  • 裁判の日程
いずれも(京都地裁101号大法廷)
  • アスベスト訴訟動画
たんぽぽの会

とりくみ紹介

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2016年11月4日から始まった、1陣大阪高裁での第2回期日が2月23日に行われ、京建労はじめ、10団体の支援含めて100人が参加しました。
 今回は、参加者全員が、傍聴できる機会を得て審議のやりとりを見守りました。
 
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「補償の仕組みもとめて」
「夫の無念、どれほどか」
 全国ではじめて建材メーカーの責任を認める判決が出された関西建設アスベスト1陣京都訴訟(2016年1月29日判決)から1年を前にした1月24日、京都地裁にて京都訴訟の2陣が提訴行動を行い、新たに19人の原告(被害者単位では16人)が国と建材メーカーを相手どり謝罪と補償を求めて提訴しました。

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 関西建設アスベスト訴訟(大阪・京都)の原告団と弁護団、統一闘争本部は、1月18日を「関西建設アスベストデー」として被告企業である太平洋セメント㈱への要請行動と大阪高裁前宣伝を行いました。その後、エル・おおさかに場所を移し『関西アスベスト訴訟「大集会」』を開催しました。

第2陣の原告 「父の名誉回復したい」

2017年1月 3日(火)
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自身も石綿被害者として遺族立つ

醍醐支部の中村さん(43・ハツリ工)は故・三代二さん(享年72)の遺族として第2陣の法廷に立ちます。
 「父の無念を晴らし、自分や子どもたちの未来のために立ち上がることにしました」と祐之さんは原告としての決意を話します。
 
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 原告には時間がない 11人もが無念の逝去
11月4日、大阪高裁にて関西建設アスベスト京都訴訟の審理が始まりました。原告と家族のみなさんや弁護団とともに、71人の支援の仲間たちを含めて100人以上の参加で「控訴審スタート行動」にとりくみました。
 2016年1月29日に、京都地裁第4民事部が国と建材メーカーの責任を認めた判決を不服として、国とアスベスト建材メーカー9社は、いずれも大阪高裁に控訴し、それをうけて原告側も「一人親方に対する国の責任を求める」ことに力をあわせようと話し合い控訴していたものです。
 この日の第1回期日で意見陳述に立った原告の長野好孝さん(船井)は「建材企業が製造し、それを国も認めたアスベストが原因で肺がんになりました。以前は歩けた距離も、今では何回も休憩しなければなりません。地元の建物をたくさん手がけてきたことが誇りです。でも、それが原因でアスベスト健康被害になりました。『アスベストさえなかったら』『仕事と誇りを返してほしい』と叫びたい」と法廷で訴えました。
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 国と企業の責任を認めさせ、画期的な勝利判決が京都地裁にて出された関西建設アスベスト京都訴訟。その2陣となる訴訟が19人の原告(被害者単位で16人)で提訴の準備がすすんでいます。2陣提訴の原告団共同代表となった遺族に話をうかがいました。

「かっちゃん、みんなが支えてくれるよ」
 「夫は笑うと白い歯が印象的で、いつも洒落っ気たっぷりな人だったんですよ」と話すのは故・北村勝彦さん(左官・享年69歳)の妻・せつ子さんです。
 勝彦さんは2014年10月6日、アスベストが原因の石綿肺で亡くなりました。60歳で罹患し約9年にもおよぶ闘病生活、7度の入退院を繰り返し、命を奪われました。
 生前、酸素ボンベを使わなければ呼吸ができない不自由さに、怒りと悔しさをたびたび口にしていた勝彦さん。闘病中、組合のすすめで専門医師による再診断を受けることにし、そこで出された病名が「石綿肺」でした。
 「『呼吸ができない』という苦しみの原因がアスベストであると知ったときから、夫は原告としてたたかう決意でいました。その怒りや悲しみ、無念さを一番近くで私は見てきましたから」と話すせつ子さん。2陣提訴の原告として勝彦さんの遺志を継ぎ法廷に立ちます。
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9月11日、午前10時から京都市下京区のハトヤ瑞鳳閣を会場に京都地裁への2陣提訴に向けた原告団結団式を開催し、原告・家族など34人が参加しました。
 1月29日、画期的な勝利判決を勝ちとった1陣訴訟。判決までには5年以上の歳月を要しました。その間にも多くのアスベスト被害者が生まれており、組合としても被害の根絶に向けて京都地裁への2陣提訴を準備をしてきました。 
 2陣提訴の原告は19人(被害者単位で16人)。そのうち遺族原告が14人(被害者単位で11人)で、今回新たに西京支部・伏見支部・醍醐支部や電気工事工業協同組合出身者も原告に加わりました。
s1088-2- (3).jpg高裁控訴審・地裁2陣提訴へ【京都総評定期大会】
 9月3日、京都総評は京都市中京区のラボール京都にて第82回定期大会を開催しました。
 京都総評の梶川憲議長はあいさつで、打倒安倍政権で広がった市民との共同に触れ「戦争法廃止だけでなく、最低賃金の引き上げや労働法制改悪反対の運動でも市民との共同は広がりを見せている。あらゆる課題で共同の輪を広げに広げ、今こそ職場総決起で安倍政権を打倒しよう」と参加者に力強く訴えかけました。
 また全労連の小田川義和議長は連帯のあいさつで「7月に行われた参議院選挙では、すべての1人区で野党統一候補が誕生し、その中で11の選挙区で勝利した。この歴史的快挙の灯火を弱らせてはいけない。さらなる共同の強化を私たちの声で実現しましょう」と話しました。
s1082-8-(1).jpg  5月20日、東京の日比谷音楽堂にて「建設アスベスト訴訟全国総決起集会」が開催され、集会終了後に「加害企業交渉」が実施されました。3000人が参加をする中、京都からも原告4人が参加しました。
  集会では全建総連、政党代表、各訴訟の弁護団などからあいさつがあり、なかでも京都訴訟の企業責任を認める判決について、「全国的に原告や支援者を励ます判決」と連帯の声が多くあがりました。

関西建設アスベスト京都訴訟勝訴

2016年1月29日(金)
国の責任4度認める
建材メーカーの責任を初めて断罪

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 11月23日に「第4回 京都団結・交流まつり」が開催されました。場所は毎年の恒例となっている京都市南区の六孫王神社。「すべての争議の早期勝利、解決をめざして」というテーマの通り、京都で労働争議をたたかう仲間・支援者がつどい、6団体が18ブースで出店しました。

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  「来年1月、関西建設アスベスト訴訟(大阪・京都)で連続勝利判決を」のスローガンを掲げた院内集会が、11月19日に衆議院第一議員会館大会議室で開催されました。主催は、関西建設アスベスト京都訴訟原告団・弁護団等4団体、後援は、全建総連等5団体。この集会は、2016年1月の大阪・京都の地裁判決が迫る中、判決をテコにその後の政治解決の動きを作っていく目的で行われ、支援団体24団体、国会議員・秘書86人含めて会場いっぱいの382人が参加しました。
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 10月28日から30日まで、全建総連・第56回定期大会が石川県金沢市「本多の森ホール」で開催されました。全国の参加組合から代議員、中央執行役員はじめ組合員参加者を含め1000人を超える仲間が集まりました。京建労からは26人が参加しました。
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 10月17日の午後に、「キャンパスプラザ京都ホール」で開催された「史上最悪の公害・広がる被害 アスベスト被害の今後をみんなで考えるシンポジウム」に、23団体60人の参加がありました(京建労22人)。

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 2016年1月29日に判決をむかえる「建設アスベスト京都訴訟」。被害者の代表選手として、私たちの先頭に立ってたたかう原告を支える運動に、精力的にとりくんでいます。
 関西建設アスベスト京都訴訟は、6月1日に結審を迎え、判決が、2016年1月29日午後2時から京都地裁で言いわたされます。
 組合では、結審後、街頭での宣伝行動をはじめ、「裁判官へのハガキ」運動、そして地方議会から「建設従事者のアスベスト被害者の早期救済・解決をはかるよう国に働きかける意見書」の採択運動を行っています。9月議会に向けても、船井支部、洛南支部、乙訓支部、宇治支部、亀岡支部で意見書採択に向けて運動を行ってきました。
 
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 関西建設アスベスト訴訟は2016年の1月に判決日を迎えます(大阪が22日・京都が29日)。裁判官がまさにいま、判決文を書くという正念場にあたって、組合は裁判官へのはがき運動(題字左参照)・公正判決を求める署名活動・街頭宣伝・地方議会での意見書採択運動などにとりくんでいます。9月9日には「関西建設アスベストデー」として集中行動を行いました。


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 関西建設アスベスト京都訴訟原告団は、2011年の提訴時に、寺前団長、青山、岩木副団長という形で、原告団の体制を確認し、「私たちの代表選手」として、裁判をはじめ様々なたたかいをしてきました。そのたたかいの中で、今年に入り原告団を支えてきた3氏が相次いで亡くなったため、原告の激励と交流、新体制確立を目的に、2回目の総会を8月9日に開催しました。
 総会には、原告、遺族原告、家族など32人が参加。提訴後に亡くなられた10人の原告に対して黙祷を捧げた後に、村山弁護団長からこれまでの裁判の経過と、この裁判の意義について報告がありました。
 続いて判決に向けた組合の運動方針が酒井書記長より報告された後に、新たな原告の体制として6人の共同代表が確認され、ひと言ずつ発言がありました。
【建築ニュース1066号(2015年9月15日付)】
 乙訓支部は2市1町(向日市・長岡京市・大山崎町)の9月議会において「建設業従事者のアスベスト被害者の早期救済・解決を求める意見書」(以下・建設アスベスト意見書)の採択をめざしています。
 この運動をすすめるにあたり、支部三役や労対部・自治体部・社保対部などを中心に、建設アスベスト意見書の採択を推進する対策委員会を立ち上げました。
 委員会では2009年の「公契約条例法の制定を求める意見書」や、「地元建設業の健全育成を求める意見書」などを2市1町で採択してきた経過をあらためてふりかえりながら、採択へむけて具体的な作戦計画を練っています。
 基本的には、すべての議員・会派に建設アスベスト被害の現状や、全国の裁判動向を伝え、国と企業が責任を認めて解決をはかることを中心にすえて活動します。とりわけ2015年に入り原告が相次いで亡くなるなど、被害者・家族には多くの時間が残されておらず、早期の救済・解決が焦眉の課題であることを訴えていこうと考えています。
【建築ニュース1065号(2015年8月15日・9月1日合併号)】
s1062-2-3.jpg「私たちは一生懸命働いてきただけだ」と最後の陳述
 関西建設アスベスト京都訴訟は6月1日の第23回口頭弁論で結審し、2016年1月29日に判決が言い渡されます。既報の入廷行進に加え、今号では意見陳述と報告集会を中心にお伝えします。
 今回の口頭弁論では、2人の原告による意見陳述が行われ、中尾さん(73・乙訓)と髙木さんが意見陳述を行いました。
 
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 西建設アスベスト京都訴訟は、6月1日に第23回口頭弁論期日をむかえ、2人の原告が意見陳述に臨みました。同訴訟は今回の口頭弁論にて結審をむかえることとなり、判決日を「2016年1月29日とする」と裁判長より伝えられました。
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 関西建設アスベスト京都訴訟は6月1日に結審をむかえ、年内に判決が出される予定です。
 アスベスト訴訟闘争本部では、「国と企業の責任を明らかにし、建設アスベスト災禍解決へ、道筋を開く判決を」と裁判官に宛てて「公正判決を求める署名」をとりくんでいます。

 京都建設じん肺・アスベスト被害者と家族の会「たんぽぽの会」は4月29日、第6回定期総会・懇親会を開きました。会場は京建労会館。原告や家族をはじめ、過去最多の50人が参加しました。
 午前中は巽書記の司会で定期総会。関西建設アスベスト京都訴訟・弁護団長の村山晃さんから、訴訟についての基調報告も行われました。事務局の橋本書記から経過報告、2015年度方針、新役員などが提起され、拍手で可決されました。

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 3月12日に京都地方裁判所にて、関西建設アスベスト京都訴訟の第22回口頭弁論が行われました。全体で87人が参加しました。あわせて京都地裁へ、公正判決署名の第2次分が提出されました。
 口頭弁論中の約1時間、17人の仲間が街頭に出て宣伝・署名活動を行いました。 

アスベスト記録映像が完成

2015年3月 3日(火)
 
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 アスベスト訴訟闘争本部は、アスベスト被害の実態と京都訴訟原告や遺族の声を記録した映像「命の叫び~すべてのアスベスト被害の救済と根絶を~」を作成しました。
 国と建材メーカーが自らの利益を最優先し、拡大したアスベスト災禍。「なんで、わしがこんな体にならなあかんねや」「早く、家に帰りたい」「とにかく、主人を返してほしい」「父と一緒に、バージンロードを歩きたかった」。利益優先で軽んじられた「命の叫び」が、アスベスト被害者や遺族から映像で語られます。
 またアスベストの害悪性や京建労が被害を告発してきた歴史、救済を求める活動なども詳細に伝えています。
 2014年12月7日に行われた「勝利をめざす総決起集会」ではじめて上映され、被害者の悲痛な叫びや、早期解決をのぞむ声に、涙する仲間も多くいました。本部中心に各所で上映会が開催されています。
 また映像はDVD化され、各支部に配布されています。視聴に関しては、所属支部へお問い合わせください。上映時間は約20分です。
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 2014年12月17日、京都地裁にて関西建設アスベスト京都訴訟・第21回口頭弁論が行われました。各支部から傍聴・宣伝行動に69人の仲間が駆けつけました。口頭弁論終了後に行われた報告集会では、仲間がとりくんでいる「公正判決を求める署名」の第1次提出もあわせて行われました。
 国と建材メーカーを相手どり、2011年6月に京都地裁に提訴された関西建設アスベスト京都訴訟。口頭弁論も今回を含めて、残り3回となりました。2015年5月に予定されている結審へ向けて、専門家証人への反対尋問が行われました。
 
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 関西建設アスベスト京都訴訟の原告・髙木勝美さん(大工・享年62歳)は2012年12月6日に、アスベストが原因の肺がんで、志半ばで亡くなりました。現在はその遺志を継ぎ、妻・千代子さんが遺族原告として、裁判をたたかっています。
 故人の道具を継ぎ、遺志をつなぐ職人同士の絆で「いつまでも仲間、一緒にたたかおう」と原告を支えるとりくみを取材しました。
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関西アスベスト京都訴訟・原告団と弁護団、京建労は12月7日、京都商工会議所講堂にて「12・7勝利をめざす総決起集会」を開催し、全国から駆けつけた、アスベスト訴訟の仲間や支援者など272人が集まりました。
 集会では、京都訴訟・原告の仲間の紹介や、アスベスト被害を告発する動画「命の叫び~すべてのアスベスト被害の救済と根絶を~」がはじめて上映されました。解決を望む被害者や遺族の声が綴られたシーンでは、涙を流す参加者も多くいました。

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年賀状シーズン到来
「あの人、この人」再チェック
30万人から署名の協力を得よう」ととりくまれている、関西建設アスベスト訴訟の「公正判決を求める署名」運動。洛南支部の内田さんは「アドレス帳を見返してみれば、まだまだつながりは広がるで」と話します。
 支部や分会では、運動の先頭に立ち、組合員・家族に広く署名の協力を訴えている内田さん。また、つながりを最大限に活かした署名運動も行っています。


泉南訴訟 国が謝罪/建設は「対象外」

2014年12月16日(火)
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 「アスベストに対する規制が遅れたのは、国の責任」とした判決は、11月7日の福岡地裁判決で6度目となり、国は言い逃れができないところまで追いつめられています。
 しかし塩崎厚生労働大臣は、10月9日に最高裁が初めて、国の責任を認めた泉南訴訟判決後の会見で、建設アスベスト訴訟については「別問題」とし、和解の対象としない考えを示しました。
 さらに福岡地裁判決後の会見でも「泉南の最高裁判決とはまた違う話」と、争い続ける姿勢を再び示しました。
 こうした国の姿勢に対しマスコミも「安全規制の遅れが、多くの労働者の健康被害を招いたのは明らかだ」と厳しく指摘しています。
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「最高裁勝利 泉南から建設に勝利をつなぐ11・27アスベスト大集会」が大阪市の天満研修センターにて開催されました。10月9日に最高裁で出された、泉南アスベスト国賠訴訟の「勝利判決」の報告と、「勝利判決を建設訴訟につなげよう」と勝訴旗の引き継ぎが行われました。

京都訴訟第20回期日ひらかれる

2014年12月16日(火)
 11月12日、関西建設アスベスト京都訴訟の第20回期日が、傍聴席に入りきれない仲間(午前33人・午後25人)を含めて、多くの支援をうける中で開かれました。
 今回の期日では、大きな転機となる「企業に対する主張と、訴えの一部とりさげ」を行いました(後ろに解説)。
 閉廷後の報告集会で、この日の法廷に専門家証人として立った立命館大学の森教授は「国の責任と企業の責任は一体としてある。企業は建材を作っただけではない。流通させて利益を得てきたのです」と指摘しました。
 同じく証言に立った、立命館大学の杉本准教授は「1980年代に使用量をふやした日本は、世界的に見て特異で、なぜこのようなことが可能であったのか。アスベスト建材については産業政策として使用を促進した。規制しなかっただけではなく、積極的加害者です」と強調しました。
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九州・京都・大阪から 被害者が企業に赴いて
 建設アスベスト訴訟の全面勝利をめざし、11月11日に「被告企業交渉」が行われました。
 国の責任を認めた福岡地裁判決後すぐに行われたこの交渉には、京都訴訟原告団から4人と、京建労から5人が参加しました。
 「被告企業交渉」に先立ち、国労大阪会館にて九州建設アスベスト訴訟判決の報告集会が46人の参加で行われました。
 
 医療労働者でつくる組合、京都医労連が、いまだに医療労働者のアスベスト被害が把握されていない問題に対して「医療現場におけるアスベスト健康被害に関する実態調査」にとりくんでいます。
 勤務していた病院で、手術用ゴム手袋を再利用する際に使用する粉末「タルク」に含まれたアスベスト(石綿)をばく露したことが原因で中皮腫になった労働者が、労災認定を受けています。
 また、10月18日には「医療機関におけるアスベスト110番」(電話相談会)を開催し、6件の相談が寄せられています。
 相談内容では、「30年、40年前にタルクを扱っていた。業務内容は、手術用の手袋にタルクをまぶす作業をしていた」「咳が出る、痰がふえた」「新聞報道を見て、心配になった。どこの医療機関に行けば調べてもらえるのか」という切実な内容でした。
 京都医労連は、ひきつづき医療現場でのアスベスト被害の実態調査と、医療労働者への周知などの働きかけをすすめています。
10月21日に京都ライトハウスで、「アスベスト被害をなくす北区の会」(略称「アスベスト北区の会」)結成集会が開催されました。拡大するアスベスト被害から労働者・国民の命を守り、被害者の救済をすすめるとともに「将来的なアスベスト被害」の根絶をめざす運動を北区の地域全体に広げることを目的に、現在裁判中のアスベスト訴訟で仲間3人が原告としてたたかっている北支部が中心に各団体によびかけ、15団体74人が集会に参加しました。
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10月9日午後3時、最高裁判所に於いて、アスベストによる労働者らへの健康被害について国の責任を認める歴史的な判決が言いわたされました。
 大阪泉南アスベスト訴訟は、泉南地域のアスベスト紡織工場で働いていた労働者とその家族・周辺住民が、アスベスト疾患をわずらった責任が国にあるとして2006年に大阪地裁へ提訴され、最高裁までたたかってきた裁判です。京建労でも署名運動にとりくむなど、建設アスベスト被害の救済・根絶をめざすたたかいとあわせて、共にたたかってきました。

 
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 関西建設アスベスト京都訴訟の第19回口頭弁論が、9月10日に京都地裁にて行われ、原告・家族24人、弁護団16人、京建労79人、支援16人のあわせて135人が参加しました。
 今回も裁判傍聴席に入りきれない参加者での支援行動。傍聴券の抽選にはずれた参加者35人は、烏丸丸太町交差点周辺で街頭宣伝を行い、裁判期日の宣伝では過去最高となる257筆の署名協力を得ることができました。
 現在とりくんでいる「公正判決要請署名」は9月末までに6万1564筆が集まっています。
s1044-3-4.jpg 関西建設アスベスト京都訴訟の勝利に向けた「公正判決を求める署名」30万人運動は大きな広がりを見せています。7月26日に中京区で行われた第24回脱原発・核廃絶・平和のための盆おどり(主催・同実行委員会)でも中京支部と右京支部の仲間が署名・対話活動を行いました。
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 7月9日、京都地裁において「関西建設アスベスト京都訴訟」第18回口頭弁論期日の傍聴・宣伝行動にとりくみました。
 この日行われた証人尋問には、専門家証人のうち吉岡徹委員長が立ち、建設現場の作業実態・建材の施工方法などについて裁判で語りました。
 また、傍聴券が当たらなかった仲間たちは烏丸丸太町交差点で署名への協力を訴える宣伝行動にとりくみ、時折小雨が降る中、短時間で88筆の署名を集めました。
 裁判での弁論傍聴と街頭宣伝を終えた仲間たちは、弁護士会館に集合して「報告集会・提訴3周年集会」に参加しました。
 2011年6月3日に提訴してから丸3年を迎える区切りの集会では「30万人署名」の成功と裁判勝利へむけて3支部の代表から、決意表明がありました。その一部を紹介します。

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 関西建設アスベスト京都訴訟の「公正判決を求める署名」30万人署名のスタートをきる、京都府内一斉宣伝行動が6月22日午前に京都府内18ヵ所で行われました。この行動に325人が参加し、署名850筆が寄せられました。
 被害が広範囲にわたるアスベスト災害に対するとりくみに、住民からは激励と期待の声が多く寄せられました。

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「仕事柄、防じんマスクのフィルターが数時間で詰まってしまうんです」と話すのは中村さん(ハツリ工)です。2014年6月に石綿健康管理手帳とじん肺健康管理手帳を取得しました。

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5月14日、関西建設アスベスト京都訴訟・第17回口頭弁論期日にあわせ、第5次提訴が行われました。
 新たに斉藤さん(北)と木村正男さん(北)が原告団に加わることになり、京都訴訟の原告は26人となりました。
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5月14日に関西建設アスベスト京都訴訟・第17回口頭弁論が京都地裁で行われました。当日は第5次提訴も行われ、新たに2人の仲間が原告団に加わりました。

 5月17日に「アスベスト被害の根絶をめざす京都の会」がハートピア京都にて第2回総会を開催し、17団体・41人が参加しました。主催者を代表して、アスベスト京都の会の会長で立命館大学教授の石原一彦さんより開会のあいさつがありました。
 とりくみの報告では、医療現場や鉄道運輸の関係者からアスベスト被害の実態報告があり、あらゆる分野で被害が広がりつつある現状が浮き彫りになりました。また関西建設アスベスト京都訴訟・原告団が紹介され、寺前武夫団長が代表して発言しました。
 総会ではアスベスト被害の根絶と、被害者の掘りおこしをめざす基本方針とともに、石原会長の再任など2014年度の役員体制が確認されました。
結審は2015年5月予定
 3月12日、京都地裁にて関西建設アスベスト京都訴訟の第16回口頭弁論が行われ、羽喰ん(南)、小林さん(山科)、前さん(舞鶴・遺族)、堀江さん(左京・遺族)、吉積さん(中京・尋問は息子さん)の原告本人と遺族原告、原告家族の5人の尋問が行われました。
 私たち建設労働者と家族は、今後どのような展望をもちアスベスト訴訟や対策に臨むべきか、本部労対部の巽肇常執に話を聞きました。 

国の責任を断罪、被害者の救済を
 これからさらに発生するアスベストの被害を救済するには、現行の救済制度では不十分です。
 「労働者」、そして条件にあった「親方・一人親方」は労災の認定を受けることができれば、医療費や休業補償が支給されます。しかしそこから外れた人は十分な補償を受けられない可能性があり、現行の救済法によることになります。
 国と企業に、裁判でアスベスト被害発生の責任を認めさせることで、救済法の改善や建設石綿被害者救済基金の創設まで視野に入れた追及が可能になってくるのです。アスベストを吸い込んだ体を元に戻すことはできません。ならばせめて十分な補償制度を確立させることが、現在非常に重要になってきます。 


 
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2013年12月25日、大阪・泉南アスベスト国賠第2陣訴訟において、国の責任を認める判決が大阪高裁で出ました。判決では「石綿製品の有用性を理由に労働者の健康被害発生は容認できない」としました。

 1月15日、京都地裁にて「建設アスベスト京都訴訟」の第15回口頭弁論が行われ、右京・中京の原告への本人尋問が行われました。
 原告とその家族16人、京建労の仲間や大阪の原告、地元の労働組合の仲間ら合計で87人が参加しました。傍聴券を確保できなかった仲間13人が裁判と同時に、街頭宣伝と署名活動を行いました。
 
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悪魔の鉱物、アスベスト(石綿)。京建労では、被害の実態を告発するすそ野を広げることと、安心して治療を行ってもらうために、該当する仲間には「石綿健康管理手帳」の取得をすすめています。手帳を取得し、被害の告発をする仲間にお話をうかがいました。
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 11月15日、京都地裁にて関西建設アスベスト京都訴訟の第14回口頭弁論が行われました。今回は2人の原告と、1人の遺族原告への尋問が行われました。
 傍聴に入りきれなかった仲間13人で宣伝・署名活動にとりくみ、午前・午後あわせて宣伝用のティッシュを590個配布し、署名108筆を集めました。

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 10月19日、午後1時30分より京都アスニーにてアスベスト京都の会主催で「広がるアスベスト被害と対策」と題したシンポジウムが行われ、京建労から22人、全体で49人が参加しました。
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 生前は自動ドアの取り付け、メンテナンスで21年くらい天井裏などに入ったりもしていたという岩崎さんん(享年72歳)。
 短時間で終わる仕事なら「車で待っているように」と言われ、現場について行ったこともあるという奥さんは「仕事が本当に大好きで、マジックみたいに手が早かった。お父さんは『自動ドアが持てへんようになったら辞めるときや』と言っていたけれど、人の命ってあっけない。まだ死を受け入れられない」と言います。
 

1019-8-3.JPG 京都総評、京都職対連、命と健康京都センター、京建労の4団体のよびかけで準備がすすめられてきた「アスベスト被害の根絶をめざす京都の会」(アスベスト京都の会)の結成集会が5月17日、ハートピア京都で開催され、全体で120人が参加しました。

1018-1-6.JPG 京都建設アスベスト訴訟は4次提訴に原告として立ちあがった山科支部の小林栄一郎さんを含め、5人の新たな原告が加わり25人の原告団になりました。今回、原告に加わるに至るまでの小林さんのお話を伺いました。


国は責任認めなあかん / 使用命じた国は被害者救済を

 「息苦しいな」とは思いつつも仕事を続けていましたが、現場で動けないほどに息苦しくなったのが、3年ほど前のことです。組合に顔を出すと、仲間に「病院に行け」と言われて、2010年4月に病院へ行きました。

 当初、かかりつけの病院ではアスベストが原因とは言われませんでした。
 しかし、2012年6月労働学校での海老原医師の講演を聞いたことと、本部の酒井書記次長のすすめもあり、石綿肺の専門である大阪の水嶋内科クリニックを訪ねました。
 この診察をきっかけに、かかりつけ医からも労災申請に協力を得られ、労災認定がおりました。

1018-1-3.JPG JR花園駅近くにある臨済宗本山・妙心寺境内の塔頭・退蔵院に、今は亡きアスベスト原告・谷口正知さんが設計・施工した茅葺屋根を頂いた草庵「跳珠亭」があり、枯山水庭園を見学に来る人々の目を和ませています。

1018-1-2.JPG 福岡建労青年部は4月20・21日の「京都研修ツアー」帰路前、午後2時半から京都駅前でアスベスト被害を訴え裁判への支援をよびかける宣伝行動を実施。

1011-2-2.JPG 1月18日、京都地裁101号大法廷にて「建設アスベスト京都訴訟」の第9回口頭弁論と青山輝雄さん(洛南)の本人尋問が行われました。原告団11人、原告予定2人、京建労の仲間や大阪の原告、地元の労働組合の仲間ら93人が参加しました。
 裁判と同時に、傍聴券を確保できなかった仲間15人が河原町丸太町で5回目の街頭宣伝を行いました。
 ときおり雪が舞う中、約1時間の街頭宣伝でアスベスト被害の実態を訴え、チラシ入りティッシュ152個を配布。28筆の署名が集まりました。

京都の裁判 / 現場の粉じん舞う作業実

2013年1月 1日(火)

1010-3-1.JPG 建設現場は、どれほどの粉じんが舞っているのか...。京都訴訟の弁護団から京建労に「工程を具体的に教えてほしい」との申し入れがあり、京建労会館に左官工の仲間が集まり、「壁塗り実演」が行われました。日常、建設現場に立ち入ることがほとんどない裁判官に、少しでもリアルな実態が伝えられるように、との弁護団の熱意で実施となりました。

東京訴訟、国の責任を断罪

2013年1月 1日(火)

1010-3-9.JPG【本部・酒井仁已書記次長】
 12月5日、東京地裁は、首都圏建設アスベスト(東京)訴訟(原告患者数308人)において、「防じんマスク着用の義務付け」など労働者の健康を守る対策を怠ったことは違法として、国に総額10億6,394万円の賠償を命じる判決を言いわたしました。

(写真提供:東京土建)

'08-3-3.JPG 11月1日、京都地裁101号大法廷にて「関西建設アスベスト京都訴訟」の第8回口頭弁論が行われました。

1000-1-2.JPG 6月24日午前、関西建設アスベスト訴訟の勝利を支援するいっせい街頭宣伝行動が、府内20ヵ所で行われ、黄色いタスキをかけた原告団を先頭に、街頭での宣伝・署名行動にとりくみました。全体での参加者は約400人でした。

1000-1-6.JPG アスベスト裁判の勝利めざす「いっせい宣伝行動」ののち、四条烏丸のシルクホールで京建労労働学校開校記念講演会に移動、首都圏アスベスト裁判を支援する医師・海老原勇さんの講演を聞きました。参加者は約400人。

 関西建設アスベスト京都訴訟の、二次原告として裁判に立ちあがられた、堀江さん(遺族原告)と、堀江さんのご主人が所属していた、左京支部の平山支部長にお話を聞いた。
991-2-1.JPG 2008年春に提訴し、先行してたたかいをすすめていた首都圏建設アスベスト訴訟のうち横浜地裁が1月13日、結審。
 判決は5月25日に言い渡されることになりました。

 国と建材メーカー約40社に損害賠償を求めたたかっている「関西建設アスベスト京都訴訟」で、12月7日、新たに3人の原告が京都地裁に「二次原告訴状」を提出しました。
 新たに裁判に立ちあがったのは、遺族含め3人。

980-5-3.jpg 2011年度から新たな方針とし「健康への自覚と関心を広げるため」にとりくみ始めた、「健康推進委員制度」。
 各支部・分会の中で「健康推進委員」を選ぼうと、よびかけてきました。
 この健康推進委員を、一堂に集めた初めての企画「第一回健康推進大会」が、8月21日に京建労会館で開催され、112人が参加しました。

「たんぽぽの会」へ / みんなあつまれ

953-1-1.JPG 4月29日、京建労会館で「京都建設じん肺・アスベスト被害者と家族の会」の結成総会が行われました。
 この総会には、建設現場で浴びたアスベスト粉塵が原因の疾病に悩む患者と家族、遺族、健康不安を抱える建設仲間など39人が参加しました。